はじめに
体毛の退化したヒト以外の哺乳類は全身を毛で被われている。従って、ヒトを除く約4,200種の哺乳類すべてが毛皮動物と言える。記録をひも解くとモグラからサルまで様々な毛皮が利用されてきた事実を知ることができる。
現在でも多くの野生哺乳類が衣料用・装飾用毛皮として利用されているが、ここでは家畜化されているものに限定して述べることとする。家畜化されている毛皮動物にはミンク・フィッチ・クロテン(セーブル)・タヌキ・キツネ・ヌートリア・チンチラ等がある。
上記の毛皮動物の中、ここでは市場流通量の多いものについて概説するが、それに先立ち本稿で用いた用語と毛皮の基本構造について簡単に触れておきたい。
用語について
毛皮動物の飼育は古くからranchに対する訳語として”養殖”をあてているが、毛皮生産大国であるデンマークではranchの代わりにdomesticationを用いている場面もある。
本稿では、”飼育”および”家畜化”を用語として用いた。また、体毛を構成する毛に対する用語として太くて長い毛に対して”刺毛”、細くて短い毛に”綿毛”を用いることが多いが、本稿では毛皮の構造と機能を考慮し”保護毛”および”下毛”とした。
毛皮の基本構造
哺乳動物の皮膚は真皮と表皮およびその付属器官である毛で構成されている。ヒゲのような感覚毛以外の体毛は通常太くて長い保護毛と細くて短い下毛とから構成されている。
ヒト頭髪のように保護毛だけの場合を除いて、一本の保護毛と複数の下毛がひとつの毛穴から生えていて、これを毛束という。皮膚に存在する毛束数は種によって決まっているので、毛束当りの毛の本数が毛皮の重要な評価基準である毛の密度を決定することになる。
毛の密度が最も高いラッコの一例では、結合組織の帯に囲まれた毛束が一本の太い保護毛と細い37本の下毛とからなっている。なお、ラッコの体毛の密度は約158,000本/平方cmであった。
1. ミンク(Mink Mustela vison)
ミンクはイタチ科イタチ属に分類される水かきを持つ半水生動物である。ミンクと呼ばれるものにはアメリカミンクとヨーロッパミンクがあり、家畜化されているミンクはアメリカミンクである。
ミンクの家畜化は、北アメリカ大陸の南部を除く各地に生息する野生ミンクを捕らえることから始まった。最初に家畜化に成功したのはニューヨーク州北西部のカサダカ湖畔に住むウドコックとフィリップの両氏であり、南北戦争末期(1866年)の頃と伝えられている。
ヨーロッパへ移入されたのは1920年代であった。ほぼ同じ頃日本へも導入されたが、ミンク飼育への取り組みが本格化したのは第二次戦争後の1960年代のことである。
1-1. 毛皮の特徴
ミンクは本編で扱う毛皮の中では最も短毛である。部位によって異なるが保護毛の長さで約20mmとキツネの1/5以下である。毛皮の品質上最も重要な要素である毛の密度は高く、25,000〜30,000本/平方cmである。毛皮の重量に占める保護毛の割合が高く、軽量な毛皮を求める消費者の需要に応えるために保護毛を除去した毛皮製品も多く出回っている。
1-2. 生産概要
わが国におけるミンクの飼育の最盛期は約80万枚を生産した1985年で、その後は減少の一途をたどり、2001年以降の生産量は僅か5千枚程度である。
上記の生産量の推移はミンク乾皮の価格変化と一致している。ミンク乾皮一枚あたりの平均価格は1985年まで7千円以上であったが、1985年のプラザ合意によって生じた急激な円高(1ドル=260円→160円)に直撃され、1986年の価格はほぼ半値の4,200円にまで下落した。円高に加えて一部の過激な反毛皮運動が追い討ちをかけるように世界的に流行し、毛皮の需要は低迷した。そのため価格は下落し続け1993年には2千円を割り込むに至った。このことを反映し、1994年の生産量は前年の23万枚から4万枚へと激減した。それ以降2001年まで同水準の生産量を維持してきた。また、価格も4千円前後まで持ち直し、採算が取れるようになった。
しかし、最高品質のミンクを生産してきた日本最大のミンク飼育場のリーダーが急逝し、同飼育場が閉鎖された。その結果、国内生産量は5千枚程度まで減少し、毛皮オークションの開催も不可能となった。現在は、北海道と新潟に各一軒の飼育農家があるだけで、生産量も5〜6千枚程度であろう。
他方、最近5年間の世界の生産状況を見ると、2000年の3千万枚から2005年は4千万枚へとこの5年間で3割以上も増加している。4千万枚の内訳をみると、北欧4ヶ国の生産量が1千6百万枚、デンマークが最大の生産国で1千3百万枚。北欧以外のヨーロッパではオランダの330万枚、ポーランドでは5年前の80万枚から2005年は180万枚と急増している。
同様な傾向がバルト諸国でも見られ、2005年は125万枚の生産量であった。ミンク飼育発祥の地、北米大陸ではこの5年間ほぼ一定しており、米国が270万枚、カナダ180万枚である。ロシアでは250万枚から200万枚へと漸減傾向が見られる。アジアでは中国が近年急増している。1996年には150万枚であったが2005年の生産量は800万枚と伝えられている。
上記のような先進国、発展途上国を問わずミンク毛皮の生産は着実な発展を遂げている。日本におけるミンク飼育が壊滅状態に至った要因には一部の過激な反毛皮運動もあるが、最大のものはプラザ合意(1985年)に基づく急激な円高とそれに伴う加工分野の海外依存への移行にあったと言えよう。世界的に見ても日本は極めて高品質なミンク毛皮を生産していただけに残念なことである。
1-3. 品種
1931年に暗褐色のミンクから突然変異種が出現しプラチナと命名された。オークションに出品されたプラチナ種は大変な人気を博した。それ以来、毛色に関する遺伝因子が解明され、現在、赤と緑を除く88種が知られている。日本では、ブルー系のサファイア種が最も多く(52%)、次いでデミバフ種(11%)、パステル種(9%)、ダーク種(9%)、バイオレット種(8%)、ブルーアイリス(3%)、などが生産されてきた。日本のミンクには年に1回ロンドンで開催される世界のミンク毛皮品評会でバイオレット種が最優秀賞をとるなど、品質的に高い評価を得てきた。
1-4. 飼育管理
食肉獣であるミンクの飼育は、農場の立地条件によって違いはあるが、魚類や家畜・家禽の廃棄物が主原料である。これに、季節によって配合割合は異なるが穀類やビタミン類などが加えられる。
飼料給与量や配合内容が大きく異なるのは、秋の換毛期と繁殖準備期である。秋の換毛に備えて、毛の密度を高めるために穀類の配合割合を高める。また、交配を始める1ヵ月位前から給餌量を減らし、体型をスリム化(フラッシング)する。フラッシングは繁殖成績に大きな影響を与えるので極めて重要な作業である。適切なフラッシングによって、5〜6頭の産子数が得られる。
ミンク飼育の経営にとって大切な点は、多くの子ミンクを得てこれを育て、高品質で大きな毛皮を得ることにある。そのため、飼料の配合内容を含めた飼育管理作業は、1.繁殖期、2.分娩期および泌乳期、3.成長期、4.換毛期、5.剥皮期に分けられる。それら各期の詳細は参考書として掲げた”ミンクプロダクション”を参照されたい。さらに、飼育の全期間を通じて最も注意しなければならないのはウイルス疾患であるアリューシャン病対策にあるが、詳細は上記の”ミンクプロダクション”を参照されたい。
2. シルバーフォックス(Vulpes vulpes)
イヌ科に属するキツネにはホッキョクキツネ(Alopex lagopus)とアカキツネ(Vulpes vulpes)とがある。いずれも家畜化されているが日本で飼育されてきたのは銀狐の名称で親しまれているアカキツネの突然変異種であるシルバーフォックスである。
シルバーフォックスの飼育は小説「赤毛のアン」の舞台で知られるプリンス・エドワード島においてチャールス・ダルトン氏によって1895年に始められた。
日本でも第二次大戦前から飼育されていたが、本格的な飼育は1960年代からである。
2-1. 毛皮の特徴
本編で取り上げた毛皮動物の中で最も毛が長く、部位によって異なるが長い部分では100mm以上に及ぶ。保護毛の毛先(先端から20mm程度)は黒いが、毛の大部分を占めるその下部は白色である。毛先は細いため、外見上保護毛は白色に見える。黒色の下毛と保護毛の白色のコントラストが縞模様を織りなす点が魅力となっている。気の密度は10,000本/平方cmとの報告がある。
2-2. 生産の概況
ミンクの場合と同様に、シルバーフォックスにおいても1985年の4万2千円から1986年には1万3千円へと急激な価格の低下が見られる。翌年には、2万9千円と持ち直したが、それ以降は7千円以下と極端な安値となった。そして、1993年をもって日本におけるキツネの生産は中止されたのである。その背景には円高や需給バランス、反毛皮運動を意識したファッション傾向などが要因として考えられる。
世界的に見ても、1985年にはシルバーフォックスの価格はホッキョクキツネ系のアオキツネの約3倍で取引されていたが、1990年代に両者の価格は接近し、時に逆転を見ることもあった。
シルバーフォックスは、天然自然の毛色に価値がある。一方、アオキツネは様々な色に染色して使用できるため、毛皮の感触・機能を生かしながらも、外見上毛皮とは思えないほどの加工を施すことが出来るため、反毛皮運動を意識したファッション界にとては使いやすい素材であったのだろう。そのことがシルバーフォックスの需給バランスに影響を与えた一因と推測される。一時の過激な反毛皮運動が陰を潜めてきた現在、シルバーフォックスは世界の市場で復活を見ている。2006年3月のコペンハーゲンのオークションでは、シルバーフォックスはアオキツネの価格(70ドル)を大きく上回り、平均140ドル=16,400円であった。
2-3. 飼育管理
シルバーフォックスの繁殖シーズンは1月下旬から3月中旬である。妊娠期間は約50日で、産子数は3.6頭である。食肉類の仲間であるキツネの飼料はミンクと同様屠場や水産加工場から出る廃棄物などが主原料であるが、ミンクの飼料に比べ穀類の配合割合が多い。ビタミンやミネラルの添加が欠かせない。
3. クロテン(Martes zibellina)
セーブルの名称で取引されているクロテンは、シベリアから北海道に生息しているが、オークションに出荷されている約30万枚の毛皮は全てロシア産のものである。それらの中の1割程度が飼育されたものである。毛皮1枚当たりの価格は100〜400ドル(11,700円〜47,000円:2006年4月)で取引されている。毛皮のサイズはミンクより小型・軽量である。個体や部位によって異なるが、毛の長さは40mm、毛の密度は18,000本/平方cm以上と推定される。この値は縫製屑で測定した密度に縫製工程で生じる面積変化率を乗じて算出したものである。
クロテンを含めテンの仲間の家畜化は世界中で試みられてきたが、家畜化に成功したのはロシアだけである。1930年代に家畜化に成功したが、飼育技術、特にクロテンの繁殖行動の特異性のためかロシアでも生産量はあまり伸びていない。クロテンは7月に交配するが、遅延着床のため分娩は翌春の4月か5月である。日本では世界で唯一の黄色のテンであるキテン(Martes melampus)が下北半島に生息しており、家畜化の試みがなされたが成功していない。
4. チンチラ
チンチラは、げっ歯目チンチラ科の動物で、南米アンデス地方を生息地としている。1922年、米国の鉱山技師M.Chapmanは、乱獲によって絶滅の危機に瀕していたチンチラを米国に輸出した。雄3頭と雌8頭が無事米国に到着した。現在世界各地で飼育されているチンチラはこれらの子孫である。
本稿で取り上げた毛皮の中で最も軽量なものである。個体や部位による差はあるが、毛の長さは20〜25mm。毛の密度は約33,000本/平方cm以上と推定される。この推定値はクロテンの場合と同様の手法によって得たものである。
チンチラは年に2回分娩可能で、産子数は1〜4頭である。草食動物で飼料にはアルファルファ・ダイズ・トウモロコシ・ビートパルプなどが用いられている。ペレット状の完全配合飼料がドイツなどで生産されている。健康上の問題はほとんど水に原因があるとされるほど飼育場最も重要な点は十分な給水である。
日本では1966年から1970年までの5年間、北海道立滝川畜産試験場で飼育実験が行われたが、良質な毛皮が得られず普及するに至らなかった。
現在の世界生産量は10万枚程度と推測されている。毛皮1枚の価格は66〜100ドル(7,800〜11,700円:2006年4月コペンハーゲン)で取引されている。
5. ヌートリア
ヌートリアは南米原産のげっ歯目ヌートリア科に属する1科1属1種の動物で、河や湖の畔の湿地帯に生息している。他の哺乳類と異なり、乳頭が背中に近いところにあるため腹側の毛に価値がある。毛皮は荒々しく太くて長い保護毛に被われているので、これを除去して繊細な下毛を染色・利用している。
ヌートリアは典型的な草食動物で、草・葉・根・穀類を食し、多くのげっ歯類と同様に繁殖率が高い。年2回分娩し、1回の分娩で平均産子数は4.3頭である。
日本での飼育は1939年に始まったが、終戦の混乱期に全国各地の飼育場から逃亡し、野生化した。野生化したヌートリアが現在も関東以西で捕獲されることがある。
ヌートリアの毛皮はオークションに上場されず、主にアルゼンチンから1枚20ドル前後で輸入されているが、その数量は不明である。ヨーロッパではポーランドや旧東欧諸国で飼育されているが、その生産量は定かではない。
6. タヌキ
タヌキは東アジア原産のイヌ科の動物である。繁殖期は2月上旬から4月下旬で59〜64日の妊娠期間を経て、平均6〜7頭を出生する。食性は雑食である。
家畜化に最初に成功したのは日本とされている。20世紀初頭には国の支援下でいくつかの飼育場が設立されている。しかし、第二次大戦中に飼育場のすべてが閉鎖され、現在タヌキは飼育されていない。
ヨーロッパへは1927年から1957年にかけて約9,000頭が飼育目的で導入され、ラクーンドッグと呼ばれた。ヨーロッパに導入されたタヌキはフィンランドで家畜化に成功し、現在、フィンラクーンの名称でオークションに上場されている。年々上場数は増加しており、2006年には10万枚近くになると予想されている。市場価格は150〜200ドル(17,600円〜23,400)とかなりの高値で取引されている。この他に、中国産のチャイナラクーン40万枚があり、40〜50ドル(5,200円〜7,600円)で取引されている。
おわりに
食肉類であるミンク・キツネはヒトの食卓に上らぬ屠場および水産加工場の廃棄物を主要な飼育原料として利用する。即ち、廃棄物をより魅力的な生産物へ転換し、人々の生活向上に寄与していることを意味している。さらに血液や各種臓器の利用は屠場や水産加工場から排出される廃水の汚濁負荷を低減し、公衆衛生上大きな役割を果たしてきたことも毛皮動物飼育の見逃せない社会的貢献と言えよう。また、自然からの贈り物である毛皮製品は有限な石油から製品化される衣料品と異なり、自然環境や耕地を守る限り無限に再生産が可能なものである。
現在、日本の毛皮動物飼育は存廃の危機にあるが、上記の社会的意義を考える時、何とか存続・発展をと期待している。
本稿をまとめるにあたり、世界の最新オークション情報を提供していただいた二宮嘉健・小笹茂の両氏-(有)二宮、日本で開催された毛皮オークションの全データを提供いただいた長谷川寿三氏-元東邦ミンク(株)、貴重なご助言を頂いた木下二郎氏-木下商事(株)、ならびに阿部隆三氏-河北出版(株)に謝意を表します。
【参考文献】
1. サイエンティファー編・近藤敬治監訳 ミンクプロダクション 河北出版 昭和62年
2. サイエンティファー編・近藤敬治監訳 美しい毛皮 河北出版 平成2年
3. 阿部永編 日本の哺乳類 東海大学出版会 1994年
4. Keiji Kondo, et al., Hair density and morphology of medulla in Mustelidae,
Scientifur, Vol.28, No.3, 283-287, 2004.
5. 近藤敬治・二宮嘉健他、エゾシカの毛衣に関する形態学的研究
北大植物園研究紀要 第4号 55-63, 2004.
【その他情報入手先】
1. http://www.ninomiyaltd.com
2. 社団法人「日本毛皮協会」 東京都中央区日本橋茅場町2-8-7
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